結婚狂想曲



     3


「美弥、ハンカチとティッシュ持ったか?」
「うん。バッチリ」
「じゃあ、兄ちゃんガスの元栓とか見てくるから、先に靴はいてろ」
 日曜日。
今日は、1カ月も前から決めていた、美弥と遊園地に行く日。美弥が作ったてるてる坊主が効いたのか天気も申し分なく、絶好の遊園地日和となった。
 昨日の夜から浮かれてなかなか寝ない美弥をなんとか寝かしつけ、昨晩のうちに軽く下ごしらえしておいた弁当を朝仕上げて準備万端だ。リクエストに応えて、ソーセージやオレンジなど、美弥の大好物をたくさん詰めている。
 二人で電車に揺られながら、遊園地に着く。
 開園間もない時間にも関わらず、遊園地はたくさんの子どもたちの声でにぎわっていた。
 わくわくして今にも駆けだしていきそうな美弥の手をつないで、まずは入場券を買おうと入り口に向かい・・・・・・、高耶はふとどこかで見かけた気がするような男の姿を見つけた。
(ん? 誰だっけ)
 背が高くてやけにいい男だ。
 こんな知り合いいたっけ、と思いつつ、しばらくじーっと見つめて、ようやくはっとする。
「な、直江?」
 高耶の声に男が振り返る。
「高耶さん?」
 直江だった。
 自分で声を掛けておいてなんだが、高耶は数度目をしばたかせた。
「直江?」
「はい」
 確かに今日はスーツを着ていないし、髪型もいつもより若干ラフな状態だが、確かに直江だ。
「びっくりした。眼鏡、してなかったから一瞬わからなかった。今日は、眼鏡してないんだな。コンタクトか?」
「いえ、普段からそんなに度が入っていないものですから、なくてもさして支障は」
「なんだ。そっか」
 いつもの眼鏡姿も理知的で、いかにも仕事ができます、といった感じでかっこいいと思うが、眼鏡がないと彼の目の色や目鼻立ちがよく見えて、改めて、いい男なんだなと思う。眼鏡で隠すのはもったいない気がした。
 実際、さっきからちらちらと周りの女性たちが直江に目線を向けているのがわかる。それもまあ当然だろう。
「もしかして、そちらは・・・・・・」
 直江が高耶にぺたりとくっついている美弥に気づいて、しゃがみこんだ。
「あ、うん、これが美弥。美弥、ちゃんとごあいさつして」
 美弥を促すと、美弥はにこりと笑ってきちんと自己紹介をした。
「はじめまして。みやです」
「初めまして。美弥さん。私は直江といいます」
「なおえさん? おにいちゃんのおともだち?」
「はい。そうです」
 友達、というのとは自分と直江の関係は微妙に違う気もするのだが・・・・・・
 まあ、結婚アドバイザーとお世話になっている相談者です、という話を美弥にしてもいまいち通じないだろうし、この場合の適切な説明としてはそんなものだろう。
「ところで直江、なんでこんなとこに? 誰か待ってるのか?」
 言ってから、高耶ははたと口をつぐんだ。
 直江のような男が遊園地にくる、といったら相手は女性に決まっている。このままいたらデートの邪魔になるな、と思っていたら、直江が苦笑して言った。
「実はですね、今日、姉の子どもたちとここで遊ぶ約束にしていたんですが、何でも子どもたちが出かける直前に熱を出したらしく、それで今日は来れないと今さっき連絡があったんです」
「それは残念だったな」
「ここまで来てなんなんですが、一人じゃどうしようもないですし、帰ろうとしてたところだったんですよ」
「そうなのか!? せっかくここまで来たのに?」
「ええ。はい」
 確かに遊園地に一人、しかもこんなにいい男一人、だ。まあ、普通にあり得ない。さすがにジェットコースターやコーヒーカップには乗らないにしても、直江が一人で公園内を散歩していたら、不思議を通り越して、周りにちょっとした脅威を与えるかもしれない。いや、本当に。
 その様子を想像したらずいぶん面白くて、高耶は悪いと思いつつ、ぶっと吹き出してしまった。
 直江がひょいと眉を上げた。こういう仕草も様になる。
「あ、今何か変な想像したでしょう」
「してない、してない。なあ、もし嫌じゃなかったらオレたちと遊ばないか? せっかくここまで来たんだしさ」
「でもお邪魔では? せっかくお二人でいらしたんでしょう?」
「人数多い方が楽しいって。ここには今までも何回か二人で来てるし。なあ、美弥」
「うん! なおえさん、いっしょにみやとあそぼうよ」
「いいんですか? では、お言葉に甘えて。よろしくお願いします」
 思いがけない直江の登場だったが、意外にも直江は子ども扱い&女性の扱い(こちらはそりゃそうだろうと、高耶は思った)をよく心得ていて、美弥も大満足、といったところで、高耶は二つの点についてほとほと感心した。
(女の子って、子どもでも女なんだな)
というイイ男にエスコートされてご満悦な美弥のことと、
(子ども相手でもしっかり女性への対応をしている。さすがだ)
という直江の男っぷりに対する以上二点。
 二人の様子に(すごいな)と感心していた高耶だったが、さすがに、自分たち三人がえらく人目を引いていて、「どちらがあの女の子の父親なのか当ててみよう」というささやきが、遊園地のあちこちで行われていたとかは、まったく気づくこともなかった。



 団地の前に一台のダークグリーンのセダンが止まる。
「悪いな。送ってもらって」
「いえ、とんでもない」
 遊園地でしっかり夕方まで遊んだ三人は、直江の運転する車で仰木兄妹が住む団地まで戻ってきた。
「遊園地でもいろいろおごってもらったし」
「私もお弁当のお相伴にあずかったので、気にしないでください」
 運転席から降りて、荷物を渡してくれた直江に高耶はお礼を言う。
「ありがとな。なあ、今日のお礼、っていうにはあまりにもお粗末だけど、飯、食ってかね? つってもカレーなんだけど」
 高耶の無邪気な言葉に直江はしばし逡巡する。
 正直、今さらなのだが一顧客と個人的に付き合うことは、あまりよいこととは言えないのではないか。
 直江の迷いを高耶は別の意味にとらえたようで、申し訳なさそうに苦笑した。
「あ、悪い。おまえもいろいろ予定あるよな。一日中引っ張りまわして疲れてんだろうし」
「いえ、そういうことではないのですが」
 どうしたものかと悩む直江は、ついっと、服の裾をひっぱられてそちらを見ると、美弥がまんまるの目でこちらを見上げてくる。
「なおえさん、かえっちゃうの?」
「こら、美弥、直江は忙しいんだ」
 高耶がすぐ諌めるが、美弥はいやいやと首を振る。
「やだー。みや、なおえさんといっしょにカレーたべる」
「美弥、聞き分けろよ」
 高耶の言葉に、美弥の目がうるっとなる。
 子どもの涙に大人二人はうっとつまった。
「あ、あの、高耶さん、ご馳走になってもいいでしょうか。今日いろいろお世話になったのに、夕食までいただくのが大変申し訳ないのですが」
「いいのか、悪いな。ほら、美弥よかったな」
 ほっとしたように笑った高耶は、ポンポンと美弥の頭を撫で、美弥は嬉しそうに直江の足にぎゅうっとしがみつく。
「直江、相当なつかれたな。よし。じゃあ、すぐ用意するからあがってくれ。美弥、ちゃんと手洗いとうがいな」
「わーい。いっしょ。なおえさん、おにいちゃんのカレー、すごくおいしいんだよ」
「そうですか。それは楽しみですね」
 決して広いとは言えないが、きちんと片付けられた仰木兄妹の部屋にあがり、直江は美弥の案内で手洗い場で一緒に手を洗った。
 高耶のしつけが行き届いているようで、美弥は石けんを泡立てて、上手に丁寧に手を洗う。ちょっと感心して、タオルを差し出すと、きちんと「ありがとう」と言って受け取った。
 小さな子が、これまた丁寧にタオルで小さな手を拭いているのをみて、微笑ましくなった。
 手洗い場から居間に移動しがてら、美弥が直江に尋ねる。
「ねえねえ、なおえさん、にんじんすき?」
「にんじんですか? 好きですよ」
「じゃあ、みやのにんじんあげるね」
「こーら! 美弥。ニンジンもちゃんと自分で食べなさい」
 台所で支度をしながら聞きつけた高耶がすかさずつっこむ。
「おにいちゃんのケチー!」
「ケチじゃない!」
「まあまあ、美弥さん。好き嫌いしないで食べないと素敵な女性になれませんよ」
 ぶっと高耶は吹いた。
 いやいや、普通そこは「大きくなれませんよ」だろ。
「本当に? ニンジン食べたら、素敵な女の人になれる?」
「ええ」
「わかった。おにいちゃん、みやのカレー、ニンジンいっぱいにして」
「やめとけ。あとでどうせ食いきれなくて泣くに決まってる」
「なかないもん!」
 二人のやり取りに、直江はくすくすと笑いだす。高耶はそれに気づいて、ちょっとびっくりした。
 ゆったり微笑む顔はよくあったけど、そういえば、声に出すような笑い方って見たことなかったんだ。
 そう気づき、直江のまた新たな一面を見られて、高耶はなんだか得したような気分になった。



「おいしいです」
 出来上がったカレーを一口食べて、直江はそう言った。
「そっか? よかった。使ってるの普通の市販のルーなんだけどさ、ルー入れる前にいろいろ隠し味に入れるんだ。おまえ、普段料理とかしないって言ってただろ? こういうカレーってあんまり食う機会、ないんじゃないか?」
「そうですね。確かに。実家に戻っても私も含めてみんな大人になってしまったからですかね、昔ほど食べることはあまりないですね」
 お世辞でもなんでもなく、高耶の作ったカレーはおいしかった。特別な具材がはいっているわけでもないのだが、なんだかしっかり「うまい」のだ。
「直江の親父さんって何してる人なんだ?」
「僧侶、ですね。二番目の兄もそうです」
「え、おまえの実家、寺なの?」
「おぼうさん?」
 口の周りにカレーを付けながら、美弥も首をかしげて聞いてくる。
「しかもいつだったか、おまえの兄貴、不動産やってるっていったよな」
「それは上の兄ですね」
「ぼんぼんなんだ。や、そういやそういう感じだよな」
「おにいちゃん、ぼんぼんって?」
「お金持ちのおぼっちゃまってこと」
 高耶さん、何を教えているんですか、と直江は一応心の中でつっこんでみる。が、口にはしない。
「ふーん。おかねもち……。おにいちゃん、たまのこしだね!」
「ぶふっ! 美弥! おまえどこでそんな言葉を!」
 高耶はすんでのところで口にしたものを吹き出すのは阻止したが、目の前の美弥は自慢げにこう言う。
「みやだってそのくらいしってるもん。いいなあ、たまのこしかあ」
「こら、美弥! お兄ちゃんはそんな子に育てた覚えはないぞ!だいたいおまえと直江はいくつ歳が離れていると思ってんだ!」
「えー。ちがうよ。みやじゃないよう。おにいちゃんだよう」
「は?」
 何かいろいろ勘違いを起こしているようだ・・・・・・と高耶は頭を抱える。おそらく保育園の友だちだと思うが。
 美弥の勘違いを正そうとしたが、いやいや、幼児に「玉の輿とは」という話をするのもどうかと、高耶は誤魔化すように、
「はい! おかわりいる人!」
と、呼びかけてみることにした。




「結婚狂想曲」より抜粋