聖夜

12月。
今日か、明日あたりに初雪だと、天気予報のキャスターが言っていたそんな日。
家の電話が鳴った。
直江だった。
「高耶さん、24と25日、空いてますか」
電話の向こうの直江は、オレだと確認すると、何の前置きもなくそういった。
「は?」
突然振られた話に一瞬ついていけず、間抜けた声が出てしまった。
24、と25か…。
電話の傍の、冷蔵庫に貼られたカレンダーに目をやる。
今年は24日が土曜日で、25日が日曜日。で、23日が祝日ということは、22日がもう終業式か。お、今年は冬休み、なげーじゃん、と、電話の向こうの直江の存在を忘れて、心のなかでラッキーと喜んでいたら、
「いかがですか?」
と、畳み掛けるように、直江が聞いてきた。
「空いてるぜ。22日で学校も終わりだし」
「では、その24日と25日、いや、23日から三日間、お時間いただいてもいいですか?」
「別にいいけど。なんだ。どっかでまた怨霊騒ぎか?今度はどこだよ」
また、調伏旅行かー。冬休みもくそもねえよな、とさっき一瞬浮上した気持ちも、元どおりになってしまって、少しなげやりにいうと、直江は、
「いえ、そっちではなくてですね…」
「そっちじゃないって、どっちだ?その日、なんかあったっけ?23日って…えーと、天皇誕生日か。ん?なんだっけ」
カレンダーの赤字を読みながら、考えてみるが何がある日だったか思い出せない。
何か、約束していたっけ?
いや、誰かの誕生日とか?ねーさんはこの間だったし、千秋は四月馬鹿の日だし、直江はゴミの日だもんな。
あと、なんだっけ?
いろいろ思考をめぐらせていると、直江が少々脱力気味に、
「クリスマスですよ、高耶さん」
「ああ。クリスマスか。で、それと何の関係があんだ?」
「ありますよ。せっかくのクリスマスなんです。良かったら、二人で2、3日旅行に行きませんか?知り合いのつてで、いいホテル予約させてもらえそうなんです」
電話の向こうの直江は、なんていうんだろう。うきうきしている。(あれ?うきうきは、半分くらい死語か?ま、いいか。直江だし)
「は?おまえん家、忙しいだろ?仮にも年末。暇なわけねえだろうが」
「いいんです。何といわれようと、あなたと一緒に過ごす時間はしっかり確保します」
「おまえなぁ、普段からいろいろじゃすまねぇくらい世話になってんだから、こういうときくらいきっちり働いて手伝えよ」
「高耶さんは、私といるのが嫌なんですか」
とたんにしょげた声。
「あほか。そういう話してねぇだろうが。ちゃんと仕事しろっていってんだ」
「あほって、高耶さん…。…でも、クリスマスはその日しかないんですよ」
なんだろう。
直江が駄々っ子だ。
「つか、おまえ、めちゃくちゃ仏教だろうが。クリスマスは関係ないだろう。オレはオレで、譲とか千秋とかと飯食いにでも行こうかな。んじゃ、そういうことで。直江、仕事がんばれ」
「高耶さーん!」となんとも情けない声が聞こえてきたけど、それを無視して受話器を置いた。
ふう。
何なんだ、一体。



結局、オレは24日は譲と千秋らとつるんで、ケーキ食った。
「ヤローだけ3人で寒!!と、千秋はさんざん叫んでたが…。(しかし、譲の無言の笑顔に一瞬で押し黙っていた)
翌日25日。
夜になって、冷蔵庫の中身を買い足しに外に出た。
息が真っ白、なんてもんじゃない。
そのまま、凍って結晶になってしまいそうだ。
ポケットに手を突っ込んで、小走りに道に出たところで、プッと車のクラクションが鳴った。
なんだ?とそちらの方を見ると、夜でもすぐわかる車のボディ。

「直江!」
びっくりした。
「こんばんは。高耶さん」
直江が、運転席からすっと降りてきた。
いつもの黒いスーツ姿だ。
「なんで、ここにいるんだよ」
「寒いので、とりあえず乗ってください」
それはそうなので、素直にあったかい車内に体を滑り込ませた。
「少し、この辺り走らせてもいいですか?」
オレは、ああ、とうなずいた。
駅前はイルミネーションで最後のクリスマスの華やかムードだったが、しばらく車を走らせると、いつもと変わらない夜の景色になる。
対向車線の流れていくライトを見ながら、オレが先に口をひらいた。
「なんで、いるんだよ」
「すみません。迷惑でしたか?」
直江が苦笑する。
「いや、そんなんじゃないけど。仕事は?」
「ここ数日、ハイペースでやっていたので、今日は早めに切り上げました。明日は明日であるので、今日はもう少ししたら帰らないといけないんですが」
つまり、宇都宮からここまで、片道来るのにかけた時間より、滞在時間のほうが短いらしい。
そこまでして、わざわざオレに会いにきたのか、とちょっとむずがゆい気分になった。
「ほら見ろ。旅行とかいけるほど暇なわけなかったじゃんか」

ちょっと、いい方がぶっきらぼうになってしまった。
直江は苦笑している。
それが、「大人の余裕」みたいな感じで、オレは正直あんまり面白くない。
車の外を流れる景色に目を移すと、見慣れた看板が目に入った。
「あ、あそこのコンビニ寄って」
オレの言葉に、コンビニの駐車場に、ダークグリーンの車体が音もなく滑り込んだ。
二人で車を降りて、店内に入る。オレ達のほかには二組くらいしか客はいない。
そのうちの一組がカップルで、女の方がちらちらっと直江に視線をやっているのがわかった。
オレが目的のものを物色しにくと、直江はそのままレジの方にむかっていった。多分、タバコでも買うんだろう。
いろいろな種類のペットボトルを見て、適当に2本つかんだところで、
「高耶さん」

と、レジ前から直江が呼んだ。
案の定、タバコを買うようだ。自分の買い物と一緒に、オレのも払ってくれるつもりなんだろう。
でも、それだと意味がないので、
「いいよ。オレ、自分で払う。すぐ行くから、先に車行っといて」
「そうですか?」
と直江は、支払いを済ませて店外に出て行った。
オレは、レジに行って、手に持った温かいお茶のボトルのほかに二つものを買い足して、店を出た。
直江は、車のボディに寄りかかって、タバコを吸っていた。
一瞬、その姿に見入ってしまって、自分で自分に少し赤面した。
「買い物、済みましたか?」
「うん。サンキュ」
直江はタバコを携帯の吸殻入れに放り込んで、オレ達は車内にもどった。
「何を買ったんですか?」
再び車を走らせながら、直江が聞いてきた。
「へへ。秘密」
「秘密、ですか?」
「秘密。すぐわかる」
車はそのまま、いつもの公園にやってきた。
市内が見下ろせる見晴台の方に行く。
先客がいるかと思ったが、自分達のほかには誰も見当たらなかった。この季節のこの時間に、わざわざここに来る人も少ないのかもしれない。
階段を一番上まで上ったところで、びゅうっと風が吹いて、オレは首をすくめた。後からあがってきた直江も風の強さに目を細めた。
「ここからの夜景はやっぱりきれいですね。でも、結構風が…。高耶さん、大丈夫ですか?」
「ちょっと寒いけど、平気。そして、こいつは寒くないとうまくない」
「?」
がさがさと、オレはさっきコンビニで買ってきたものを取り出した。
まだ、湯気がほかほかと出ている。
「ほい。直江」
直江の前に、それを差し出した。
「中華まん、ですか。さっきコンビニに寄ったのって…」
「そ。これ。オレのおごりな。肉まんと、あんまん。直江はどっちがいい?」
「そんな、高耶さんが先に選んでください」
「だめ。おまえが先に選ぶの」
直江の前に、ずいっと肉まんとあんまんを差し出す。
直江は、また困ったような顔をしていたが、
「え、じゃあ、…肉まんで」
「肉まんな。んじゃ、オレはあんまん」
直江に片方を手渡し、ついでにお茶のボトルも渡した。
「ありがとうございます」
「いつも奢ってもらってるのに、こんなんで悪いけど」
「そんなことありません。ありがとうございます」
直江がちゃんと受け取ったのを見て、オレはさっそく自分のあんまんにかぶりついた。
いただきます。と直江は律儀に言って、肉まんを食べ始める。
その様子を見て、オレは思わず、飲みかけのお茶を吹き出してしまった。
「ぶっ!」
「なんですか?え、何を笑ってるんですか」
「だ、だってさ」

トレンチコートをきっちりきこんだ超二枚目が、コンビニの肉まんを食べている、という構図が一見アンバランスで、どうにも笑いを誘ってしまったのだ。
「何かおかしいですか?」
「ん?教えない」
オレの笑いの原因を教えてもらえずに、少し直江は憮然とした表情になっている。
それが、またおかしかった。


中華まんとお茶のお陰で一瞬温まった体も、すぐに冷えてきた。
ここの夜景はきれいで、離れがたいが、そろそろ限界かもしれない。
「直江、そろそろ帰ろう」
冷え切った手をポケットに突っ込んで、階段のほうに体を向けた瞬間、力強く腕を引かれた。
二人の、冷えて少し乾いた唇が重なる。
けれど、それは次第に熱を帯びて……。
「今夜は、あなたを帰さなくてもいいですか」
「…おまえ仕事は?」
「明日は夕方までに帰れば大丈夫です」
「ホントかよ」
「いい加減、あなたを補給させてください」
そう言って、いい男が眉を寄せて。
欲しい。
あっという間に、体の奥に衝動の火が灯る。

「しゃーねーな」
そう言って、男を、そして自分にも許しを。


そこから見える、街の光が、またひとつ、またひとつと少しずつ減っていく。


もうすぐ、聖夜が終わる。